「病院を第三者に譲る話が具体化してきたが、手元にいくら残るのか」——承継のご相談で、価格の次に必ず出てくるのが税金の問題です。同じ譲渡代金でも、どのスキーム(方式)で承継するか、どの入口で課税されるかによって、手元に残る金額は大きく変わります。帝国データバンクの2025年調査では医療機関の休廃業・解散が823件と2年連続で過去最多となり、診療所経営者の56.7%が70歳以上、後継者不在率は6割超という状況の中で、第三者への承継(M&A)を選ぶ医療法人は増えています。だからこそ、税金の仕組みを先に理解しておくことが、譲渡価格の交渉と同じくらい大切になります。本稿では、医療法人M&Aの税金を「譲渡所得」と「みなし配当」という2つの入口から整理し、スキームの選び方と準備の実務までを、理事長・事務長の目線でやさしく解説します。なお、本稿は一般的な制度の解説であり、実際の税額や適用可否は必ず税理士など専門家にご確認ください。
医療法人M&Aで税金が問題になる理由
医療法人のM&A(第三者承継)では、大きく分けて3つの方式があります。持分あり医療法人の「出資持分を譲渡する」方式、法人が事業(病院そのもの)を売る「事業譲渡」方式、法人同士が一つになる「合併」方式です。どの方式を選ぶかによって、誰に・どの税目で・いくら課税されるかが変わります。
ここで押さえておきたいのは、税金がかかる「入口」が一つではないという点です。出資持分を譲渡すれば、譲渡した個人(多くは理事長やその親族)に譲渡所得が生じます。一方、法人を退社して出資持分の払戻しを受ける形をとると、その一部はみなし配当として扱われ、課税の方法がまったく変わります。事業譲渡では、売った医療法人に法人税が生じ、そのうえで法人に残ったお金を個人に移す段階で改めて課税が発生します。
つまり、「価格がいくらか」と同じくらい「どの入口で課税されるか」が手取りを左右するのです。四病院団体協議会の2025年度病院経営定期調査でも病院経営の厳しさは続いており、承継はもはや特別な選択ではなくなりました。だからこそ、税金の設計を後回しにせず、スキームを決める前の段階から検討しておくことが欠かせません。まずは、個人の課税に直結する「譲渡所得」と「みなし配当」の違いから見ていきましょう。
出資持分の「譲渡」— 譲渡所得と申告分離課税
持分あり医療法人(出資持分の定めのある医療法人)の出資持分を、買い手にそのまま譲渡するのが、実務で最も多い方式の一つです。この場合、譲渡した個人には譲渡所得が生じます。
譲渡所得のおおまかな考え方は、次のとおりです。
譲渡所得 = 譲渡価額 −(取得費 + 譲渡にかかった費用)
この譲渡所得は、給与など他の所得とは分けて税額を計算する申告分離課税の対象になります。国税庁のタックスアンサー(株式等を譲渡したときの課税)によれば、株式等に係る譲渡所得等の税率は**所得税15%・住民税5%で、これに復興特別所得税(基準所得税額に2.1%を乗じた額。令和19年分まで)が上乗せされます。合計するとおおむね20.315%**という一定税率になります。
ポイントは、分離課税は所得の大きさにかかわらず税率が一定という点です。譲渡代金が高額になっても税率は変わらないため、後述する総合課税(累進)と比べると、まとまった金額を受け取る承継の場面では税負担の見通しが立てやすい、という特徴があります。
一方で注意したいのが取得費です。設立時に出資した金額が取得費の基本になりますが、古い法人では出資額の資料が残っていないこともあります。取得費が不明確だと譲渡所得の計算が難しくなるため、出資の記録や定款、社員名簿などを早い段階で整理しておくことが、税額の見通しにも交渉にも効いてきます。具体的な取得費の扱いは事案によって異なるため、税理士への確認が必要です。
出資持分の「払戻し・退社」— みなし配当と総合課税
同じ「出資持分を手放す」でも、買い手に譲渡するのではなく、法人を退社して出資持分の払戻しを受ける形をとると、課税の入口が変わります。この場合、払戻しで受け取る金銭のうち、**もともと出資した元本(資本金等)を超える部分が「みなし配当」**として扱われます。
みなし配当とは、形式的には配当ではないものの、実質的に法人の利益の分配とみなして配当所得として課税する仕組みです。国税庁のタックスアンサー(配当金を受け取ったとき)によれば、配当所得は原則として総合課税の対象です。総合課税は、給与や事業所得など他の所得と合算したうえで、所得が大きいほど税率が高くなる累進課税で計算されます。
ここが実務上の分かれ道です。譲渡(分離課税)は税率が一定なのに対し、みなし配当(総合課税)は所得が大きくなるほど税率が上がるため、受け取る金額が大きい承継の場面では、みなし配当のほうが税負担が重くなることがあります。下の表に、両者の違いを整理します。
| 比較の観点 | 出資持分の譲渡 | 出資持分の払戻し(退社) |
|---|---|---|
| 課税される所得 | 譲渡所得 | みなし配当(配当所得) |
| 課税方法 | 申告分離課税(税率一定) | 原則として総合課税(累進) |
| 税率のイメージ | 所得の大小で変わらない | 所得が大きいほど高くなり得る |
| 主に想定される相手 | 買い手(第三者・法人) | 医療法人自身 |
どちらの入口になるかは、承継の相手と契約の組み立て方で決まります。「買い手に譲渡する」のか「法人に払い戻してもらう」のかを、税負担も踏まえて設計することが重要です。ただし、みなし配当に配当控除が使えるかどうかなど、細かな取り扱いは制度や事案によって異なります。断定は避け、必ず税理士に確認してください。
スキームの選択肢 — 譲渡・事業譲渡・合併
ここまでは主に「個人が出資持分を手放す」場面を見てきましたが、M&A全体としては次の3つのスキームが基本になります。それぞれ、課税の当事者と論点が異なります。
- 出資持分譲渡 — 持分あり医療法人で使える最もシンプルな方式。譲渡した個人に譲渡所得が生じます。許認可や病床、職員の雇用を法人ごと引き継げるため、手続きが比較的スムーズです。ただし持分あり法人にしか使えません
- 事業譲渡 — 医療法人が病院という「事業」を売る方式。売った医療法人に法人税等が生じ、法人に残ったお金を個人に移す段階でさらに課税が発生し得ます。課税が二段階になりやすい点に注意が必要です。持分なし法人でも選択肢になります
- 合併 — 法人同士が一つになる方式。手続きや行政の認可に時間がかかる一方、組織を丸ごと統合できます。課税関係は要件によって変わるため、専門家の設計が前提になります
どのスキームが有利かは、法人が持分ありか持分なしか、不動産を誰が持っているか、承継後にどう運営するかによって変わります。たとえば持分なし医療法人には「譲渡できる出資持分」がそもそも存在しないため、出資持分譲渡という方式は使えず、事業譲渡や合併、理事長・社員の交代などを組み合わせて承継を設計することになります。「自院はどの方式が使えるのか」を最初に確認することが、税金の設計の出発点です。特定の方式を一律に勧めるのではなく、自院の実態に合わせて選ぶことが大切です。
持分なしへの移行・相続との関係
出資持分の税金は、M&Aの場面だけの話ではありません。理事長に万一のことがあれば、出資持分は相続財産として相続税の対象になり、評価額が高いと納税資金の確保が問題になります。承継を考え始めたら、M&Aと相続を切り離さず、あわせて見ておくことが大切です。
相続がからむ場面で知っておきたいのが、相続で取得した非上場株式(出資持分に準じます)を、その発行法人に譲渡した場合の特例です。国税庁のタックスアンサーによれば、相続または遺贈で財産を取得し納付すべき相続税額がある個人が、相続の開始があった日の翌日から相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に、相続税の課税対象となった非上場株式をその発行会社に譲渡した場合、譲渡対価が資本金等の額を超える部分について、通常はみなし配当となるところを、一定の要件のもとで全額を譲渡所得として扱えるとされています。総合課税ではなく分離課税で処理できる可能性があるため、相続と承継が近接するケースでは検討する価値があります。ただし適用には期限と要件があり、断定は禁物です。必ず税理士に相談してください。
また、持分あり医療法人には払戻請求をめぐるリスクが伴います。社員の退社に伴う払戻しや、相続時の評価額の高さが、法人の資金繰りや承継の安定性を揺るがすことがあります。こうしたリスクを避ける選択肢として、**持分なし医療法人への移行(認定医療法人制度の活用)**があります。移行には要件と期限があり、税務上の取り扱いも制度によって細かく定められているため、M&Aと並行して「持分をどう整理するか」を検討しておくと、承継全体の見通しが立てやすくなります。
税負担を抑える実務ステップと専門家連携
最後に、税負担の見通しを立て、無用な負担を避けるための実務ステップを整理します。承継を考え始めた段階から、次の順で進めるのが現実的です。
- 資料を整える — 出資の記録、定款、社員名簿、直近数期の決算書、不動産の権利関係を一覧化します。取得費や資本金等の額を確認できる資料は、譲渡所得やみなし配当の計算の土台になります
- スキームを比較する — 出資持分譲渡・事業譲渡・合併のうち自院で使える方式を洗い出し、それぞれの手取りと手続き負担を試算します。「どの入口で課税されるか」を早い段階で見極めます
- 相続・持分の整理を同時に考える — 相続税の負担や払戻請求リスク、持分なしへの移行の要否をあわせて検討します
- 専門家チームを組む — 税理士・公認会計士・弁護士・M&Aアドバイザーと早めにチームを組み、時間に余裕を持って設計します
役員退職金を活用して手取りと法人の負担を調整するなど、承継では複数の論点が絡み合います。役員退職金には適正額の考え方や税務上の論点があり、金額の設定は専門家の関与が前提です。ここで強調したいのは、税金の設計は「価格が決まってから」では遅い、ということです。スキームを決めた後では選び直せない部分が多く、入口の設計こそが手取りを左右します。当NPOの無料経営診断では、承継の前提となる現状評価を中立の立場でお返ししています。数字の入り口として、一度ご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 出資持分の譲渡と払戻しは、どちらが税金は安いのですか。
一概には言えません。譲渡(申告分離課税)は税率が一定、払戻しに伴うみなし配当(原則として総合課税)は所得が大きいほど税率が上がるため、受け取る金額が大きいほど譲渡のほうが有利になりやすい傾向はあります。ただし、他の所得の状況や取得費、各種控除の適用可否によって結論は変わります。実際の比較は、必ず税理士に試算してもらってください。
Q2. 持分なし医療法人でもM&A(承継)はできますか。
できます。持分なし法人には譲渡できる出資持分がないため出資持分譲渡は使えませんが、事業譲渡や合併、理事長・社員の交代などを組み合わせて承継を設計します。持分ありか持分なしかで使えるスキームが変わるため、まず自院の類型を確認することが出発点です。
Q3. 相続と承継が近い時期に重なりそうです。何に気をつければよいですか。
相続で取得した出資持分を発行法人に譲渡する場合には、みなし配当課税の特例(期限と要件あり)が使える可能性があります。期限は相続税の申告期限の翌日以後3年以内など細かく定められているため、タイミングを逃さないよう早めに税理士へ相談することが大切です。
Q4. 税金の相談は誰にすればよいですか。
税額の試算やスキームの選択は税理士・公認会計士、契約や法務は弁護士、案件全体の進行はM&Aアドバイザーが担うのが一般的です。承継は税務・法務・労務が絡み合うため、早い段階で専門家チームを組むことをお勧めします。当NPOでも、その入り口となる現状評価をご相談いただけます。
まとめ
医療法人M&Aの税金は、「出資持分の譲渡(譲渡所得・申告分離課税)」と「出資持分の払戻し(みなし配当・原則総合課税)」という2つの入口を理解することから始まります。どの入口で課税されるかは、承継の相手とスキーム(出資持分譲渡・事業譲渡・合併)の選び方で決まり、手取りを大きく左右します。さらに、相続との関係や持分なしへの移行もあわせて考えることで、承継全体の税負担の見通しが立ちます。ポイントは、①資料を整える、②スキームを比較する、③相続・持分の整理を同時に考える、④専門家チームを早く組むの4つです。税金の設計は価格が決まってからでは間に合いません。承継を考え始めたその時から、中立の視点で自院の現状を点検することをお勧めします。当NPOでは、その入り口となる現状評価を無料経営診断としてお返ししています。
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出典・参考文献
- 国税庁 No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)
- 国税庁 No.1330 配当金を受け取ったとき(配当所得)
- 国税庁 No.1477 相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例
- 帝国データバンク 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2025年)
- 四病院団体協議会 2025年度 病院経営定期調査 結果報告(2025年11月)
- 病院を経営する医療法人の財務分析(日本経営診断学会論集)
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