「後継者もいないので病院を第三者に譲りたいが、うちにいったいいくらの値がつくのか」——事業承継を考え始めた理事長から、まず出てくるのがこの問いです。そして提示された金額を見て、多くの方が戸惑います。純資産(自前の元手)はさほど大きくないはずなのに、それを上回る価格が付いている。あるいは逆に、期待したほどの評価にならない。この差を生む正体が、M&Aの世界で「のれん代」と呼ばれるものです。医療機関の倒産・休廃業が2年連続で過去最多を更新し、後継者不在率が6割を超えるとされるなかで、承継や売却を検討する病院は確実に増えています。本記事では、のれん代とは何か、なぜ生まれるのか、どう評価され、会計・税務でどう扱われるのかを、専門用語に一言添えながら、理事長の目線で整理します。

のれん代とは何か — 譲渡価格と純資産の「差額」

のれん代とは、ごく単純にいえば、M&Aの譲渡価格から、譲り渡す事業の純資産(時価に直した自己資本)を差し引いた差額のことです。英語では「グッドウィル(goodwill=好意・信用)」と呼ばれ、その名のとおり、貸借対照表には金額として載っていない「目に見えない価値」を表します。土地・建物・医療機器といった形のある資産や、現金・未収金の額面だけでは説明できない、その病院ならではの稼ぐ力に対して支払われる上乗せ分、と考えると分かりやすいでしょう。

病院M&Aの譲渡価格が「時価純資産」と「のれん代(目に見えない価値)」の合計で構成されることを示した概念図

たとえば、時価に直した純資産が一定額の病院があったとして、譲受側が「この病院は地域で信頼され、患者もスタッフも安定していて、これからも収益を生み続けるだろう」と評価すれば、純資産を上回る価格を支払う判断が働きます。この上乗せ分がのれん代です。逆に、赤字が続き将来性が見込みにくい場合には、のれんがほとんど乗らない、あるいは純資産を下回る価格になることもあります。**のれん代は「その病院の将来性への値付け」**であり、決して固定された相場があるわけではありません。譲渡価格そのものの決まり方については、関連記事「医療法人の譲渡価格はどう決まるか」もあわせてご覧ください。

なぜのれんが生まれるのか — 目に見えない価値の源泉

では、貸借対照表に載らない「目に見えない価値」とは、具体的に何を指すのでしょうか。病院ののれんを構成する源泉は、おおむね次のような要素に分けて考えられます。いずれも、一朝一夕には築けない、その病院が長年かけて積み上げてきた無形の資産です。

病院ののれんの源泉となる要素(立地・患者基盤・スタッフ・許認可・地域連携・ブランド)を整理した図

第一に、立地と診療圏です。人口動態や競合状況を含め、安定した患者を見込める地理的な優位は、そのまま将来の収益力に直結します。第二に、患者基盤とリピートです。長年通う患者やかかりつけとしての関係は、開業したての病院には決して真似できない資産です。第三に、スタッフと組織です。医師・看護師をはじめとする人材が確保・定着していることは、医療が人で成り立つサービスである以上、極めて大きな価値を持ちます。第四に、許認可と病床です。病床は地域医療構想のもとで総量が管理されており、既存の許可病床そのものが希少性を帯びます。第五に、地域連携とブランドです。近隣の診療所や介護施設との紹介・逆紹介の関係、そして地域からの信頼は、収益の土台を静かに支えています。これらが総合されて、のれんという一つの価値に結晶します。

のれんの評価アプローチ — 年買法・DCF・超過収益

のれん代に決まった相場はないと述べましたが、まったくの当てずっぽうで決まるわけでもありません。実務では、いくつかの評価の考え方(アプローチ)を組み合わせて、当事者が納得できる水準を探っていきます。代表的な考え方を押さえておきましょう。

のれんの主な評価アプローチ(年買法・DCF法・超過収益法)の特徴を比較した表

第一に、中小規模のM&Aで広く用いられる**年買法(年倍法)**です。これは、時価純資産に、修正後の利益の数年分をのれんとして上乗せする、という考え方です。何年分を乗せるかは、収益の安定性や将来性への評価によって変わり、一般に数年分とされますが、決まった年数があるわけではありません。第二に、**DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)**です。将来生み出すと見込まれるキャッシュフローを現在価値に割り引いて事業価値を算定する方法で、理論的ですが、将来予測の前提しだいで結果が大きく変わります。第三に、超過収益法です。同種の病院が平均的に稼ぐ利益を上回る「超過分」を、のれんの源泉とみなす考え方です。

評価アプローチ 基本的な考え方 特徴・留意点
年買法(年倍法) 時価純資産+利益の数年分 中小M&Aで一般的・簡便だが年数の根拠が要る
DCF法 将来CFを現在価値に割引 理論的だが前提しだいで大きく振れる
超過収益法 平均を上回る収益力に着目 本業の稼ぐ力を映すが比較対象の設定が難しい

いずれの方法も、出発点になるのはその病院が将来にわたって安定的に利益を生めるかという一点です。医業赤字の病院が74.6%にのぼるとされる環境では、まず本業(医業利益)で黒字を保てているかどうかが、のれん評価の分かれ目になります。

会計上ののれんの扱い — 計上と償却

のれんは、M&Aが成立して終わりではありません。譲り受けた側の会計・財務に、その後も影響を及ぼし続けます。ここは譲受側が特に理解しておくべき論点です。

のれんが資産計上され、その後の期間にわたって費用(償却)として配分されていく流れを示したタイムライン図

株式譲渡や事業譲渡などでのれんが生じると、譲り受けた側はそれを無形資産として貸借対照表に計上します。そして日本の一般的な会計基準では、計上したのれんを、その効果が及ぶと見込まれる期間にわたって規則的に費用として配分していきます。これを「のれんの償却」と呼びます。償却が始まると、毎期の損益計算書に償却費という費用が乗るため、買収後しばらくは利益が圧迫されるという点に注意が必要です。高い価格でのれんを付けて買うほど、その後の費用負担も重くなる、という関係にあります。

さらに、当初期待した収益が見込めなくなった場合には、のれんの価値を切り下げる「減損」という処理が必要になることもあります。つまり、のれんは「払って終わり」の費用ではなく、買収後の実際の業績と向き合い続けるための宿題でもあるのです。なお、医療法人の会計や、譲渡スキーム(株式か事業譲渡か等)によって取り扱いは変わり得ますので、具体的な計上・償却の方法は顧問税理士や公認会計士への確認が必要です。

税務上の論点 — 譲渡スキームで扱いが変わる

のれんは、税金の面でも重要なテーマになります。ここは断定を避け、あくまで「スキームによって扱いが変わる」という枠組みだけを押さえておいてください。個別の税額は、必ず税理士に確認が必要です。

病院M&Aの譲渡スキーム(出資持分譲渡・事業譲渡など)ごとにのれんや課税の扱いが異なることを示したマトリクス図

まず理解しておきたいのは、病院・医療法人のM&Aには複数の手法があり、どの手法をとるかによって、のれんの税務上の扱いも、当事者にかかる税金の種類も変わるという点です。持分あり医療法人の出資持分を譲渡する場合と、事業そのものを譲り渡す事業譲渡の場合とでは、譲渡側に生じる所得の性質も、譲受側がのれんを費用として認識できるかどうかも異なってきます。一般に、事業譲渡では譲受側が資産として認識したのれんを税務上も一定のルールで費用にできる一方、持分譲渡ではそうした処理にはならない、といった違いがあるとされます。

また、譲渡側では、譲渡による所得への課税や、法人からの分配とみなされる部分への課税(いわゆる「みなし配当」など)が論点になり得ます。持分なし医療法人への移行を含む選択肢もあり、どの道筋が有利かは個々の事情によって大きく異なります。詳しくは関連記事「医療法人M&Aの税金 — 譲渡所得とみなし配当の実務」で扱っていますが、いずれにせよスキーム選びは税務と一体で検討することが欠かせません。

譲渡側・譲受側が押さえる実務ポイント

最後に、のれんをめぐって当事者が実務で押さえておくべき点を、譲渡側・譲受側それぞれの立場から整理します。のれんは交渉のなかで最も揉めやすい部分でもあるため、事前の備えが結果を左右します。

病院M&Aののれんをめぐり譲渡側・譲受側が押さえるべき実務チェック項目を並べたチェックリスト図

譲渡側(売る側)がすべきことの第一は、のれんの源泉を「見える化」しておくことです。安定した患者基盤、定着したスタッフ、良好な地域連携といった無形の強みは、資料や数字で示せて初めて評価に反映されます。第二に、決算書を整え、簿外の債務や係争を洗い出しておくことです。デューデリジェンス(譲受側による事前調査)で不安材料が出れば、のれんは容赦なく削られます。

譲受側(買う側)がすべきことの第一は、払うのれんに見合う将来性が本当にあるかを冷静に見極めることです。前述のとおり、のれんは買収後の償却費として利益を圧迫し、期待が外れれば減損のリスクも負います。第二に、令和8年度診療報酬改定で本体が約30年ぶりに3%を超える+3.09%と決まるなど、外部環境の追い風・逆風も織り込んで収益力を評価することです。そして両者に共通するのは、価格とのれんの妥当性を、中立の第三者(M&A仲介・会計・税務の専門家)とともに検証する姿勢です。当事者だけの思い込みで決めず、複数の目で確かめることが、後悔のない承継につながります。

まとめ — のれんは「病院の将来性への値付け」

病院M&Aののれん代とは、譲渡価格から時価純資産を差し引いた差額であり、立地・患者基盤・スタッフ・許認可・地域連携といった、貸借対照表に載らない無形の価値への値付けです。その評価には年買法・DCF法・超過収益法といった考え方が用いられますが、いずれも出発点は「将来にわたって安定的に利益を生めるか」という一点にあります。そして、のれんは支払って終わりではなく、譲受側にとっては買収後の償却費や減損という形で会計・財務に影響し続け、税務上の扱いも譲渡スキームによって変わります。

医療機関の倒産・休廃業が過去最多を更新し、後継者不在が広がるなかで、自院の価値を正しく理解しておくことは、理事長にとって承継の第一歩です。まずは、自院ののれんの源泉がどこにあるのかを棚卸しし、本業の医業利益で黒字を保てているかを確かめることから始めてみてください。そのうえで、価格やのれんの妥当性は、必ず中立の専門家とともに検証することをお勧めします。数字と将来性の両面から冷静に向き合うことが、納得できる承継への近道です。

よくある質問

Q1. のれん代は必ず発生するのですか。 いいえ、必ず発生するとは限りません。のれんは将来の収益力への上乗せ分ですので、赤字が続き将来性が見込みにくい病院では、のれんがほとんど乗らない、あるいは純資産を下回る価格になることもあります。のれんの有無や大きさは、その病院の稼ぐ力しだいです。

Q2. のれんの金額に決まった相場はありますか。 固定された相場はありません。年買法では時価純資産に利益の数年分を上乗せする考え方が一般的とされますが、何年分を乗せるかは収益の安定性や将来性の評価によって変わります。DCF法など複数の考え方を組み合わせ、当事者が納得できる水準を探るのが実務です。

Q3. のれんは買収後にどう影響しますか。 譲り受けた側は、のれんを無形資産として計上し、その後の期間にわたって費用(償却費)として配分していくのが一般的です。そのため買収直後は利益が圧迫されやすく、期待した収益が見込めなくなれば減損処理が必要になることもあります。具体的な会計・税務処理は専門家への確認が必要です。

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出典・参考文献

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